健太の夏 (2003/01/09)
夏休みの終わる一週間前になって、健太が頭痛を訴え始めた。 佐和子は近所の病院に連れて行ったが、特に異常はないと言われ、 最終的に大学病院でCTまで撮りに出かけたころになってはじめて、 健太が学校でいじめに遭っていることを知った。 健太自身がそう打ち明けた。 病院の待合室に座っているときに、割としっかりとした口調で話しはじめた。 佐和子はそんな健太の勇気ある告白を尊重し、 健太の言葉に耳を傾け、健太の置かれている状況をすべて把握するように努めた。 そして、最後に、いま何をしたいかを健太に尋ねた。
「一週間だけ、おじいちゃんとおばあちゃんのところに行きたい」
こうして、夏休みの終わる日の午後、佐和子と健太は電車に乗って岐阜県の祖父母の家に向かった。

祖父母の家へは新幹線に2時間ほど乗り、さらに在来線で1時間以上かけていく。 佐和子の車で行けない事も無いのであるが、 健太の希望はあくまで電車ということであった。 もっとも往路の大半は眠っていたのだが。

最寄の駅についたときには既に日も暮れかけていた。 田んぼと農家しかないような山間の村だったので、なおさら日が落ちるのも早い。 結局最後まで眠っていた健太は、佐和子にゆすり起こされたあとも、 なんだか朦朧としているようであったので、 佐和子は片方の手で健太の手をつなぎ、もう片方の手と肩にそれぞれお土産袋と健太の着替えの入った鞄を携え、 駅から続くほぼまっすぐな道をゆっくり歩いていった。 佐和子にとっていじめの事実は、あらためて考えると納得できる点も多かった。 しかし、何で気づいてやれなかったのだろう、という反省には行き着かなかった。 これは仕方の無いことなんだ、と素直に思うだけあった。諦念とも違う、静かな感情である。 佐和子には、この子の置かれている状況は致命的ではないことが直感的に分かっていた。 ただ、いろいろな負担が重なっただけである。 だから、一週間ぐらいの休養は当然必要なのだ。 その場所として祖父母のところは、確かに最も適している。

気がつくと、健太はつないでいた手を離していた。 佐和子が振り返ると、健太は佐和子の影法師のかなたに立ち止まり、 山あいの赤く染まった空に浮かぶ影の緩やかな羽ばたきに見入っていた。
「おかあさん、なんでカラスは鳴くの?」
佐和子は踵を返して言った。
「健太、あれは閑古鳥よ」

というわけで、閑古鳥の鳴きやまぬこのページへようこそ。 みなさまおひさしぶりですこんばんは。そして長い長い前振りすみません。ふとん三世であります。 世の中すっかり冬真っ盛り、不況の最中みなさん大変である昨今、 このページはすっかり閑古鳥の虜であります。 閑古鳥が何と鳴くかは存じませんが、 もうそこらじゅう至るところ、閑古鳥だらけ。 右も左も、見渡す限り一面の閑古鳥。 カアカアうるさいっちゅうねん。 あ、やはり閑古鳥もカアカア鳴くのであったか。 まあ例によって適当なことばかり書いているのでありますが。

なんというか、まあ、これでも一年にせめて一回ぐらいは更新しようとは思っているのでありますが、 それなら早めに更新しておくのが良いであろう、というわけで、 今回の更新に相成ったわけであります。 ついでに遅めの年賀状のようなものも兼ねておりますので、 まあそのように受け取ってもらえたら幸いです。 今年も宜しくということで。


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