南京錠 (2002/03/17)
2回生情報工学部の村田がいつものようにサークルのボックスにいくと、 ドアの前で3回生経済学部の郡山が壁にもたれて立っていた。

「どうしたんすか?」
「これなんだけど、さっぱりわからん」

ボックスの4桁の南京錠が新しくなっている。
なるほど、前のやつは確かに壊れかけており、 村田がサークルに入る前から千の位は錆び付いて動かなくなっていたし、 この前など幾分乱暴な先輩が幾分粗末に扱った結果、幾分回りの良かった1桁目と2桁目まで微動だにしなくなった。 おかげでもともと回転の悪かった3桁目を+1もしくは-1だけ動かして施錠をすることになったのであるが、 さすがに見かねた誰かが気を利かせて新しい南京錠を購入してきたらしい。

「村田、番号知ってるか?」
「いえ、はじめてみました」
「じゃあ、これはわかるか?」

ドアに紙がはってあり、『新しいカギの番号は、前のやつと4877の排他的論理和です』 と書かれている。

「鈴木さんの字ですね」
「で、どういうことだ?」
「あーこれは2進数に直して計算しないとわかりませんね」

村田はそう言いながら鞄からシャーペンとノートを取り出し、なにやら計算し始めた。

「2進法? まったく鈴木のやつ、こーゆーことしてて楽しいのか? ちっとも面白くねーつーの」
「郡山さん、ビミョーに言葉遣い古いっすねえ」
「後輩に言葉遣い注意されたかねえよ」

鈴木は村田と同じ情報工学部の3回生で、勉強はとにかくよくできるらしく、 成績が優秀であることは2回生である村田たちの間でも知れ渡っていた。 ただ、なんというか、良くも悪くも理系であり、彼の繰り出すユーモア群はごく限られた範囲でしか効果を発揮しない。 特に郡山あたりになると、そういった一連のジョークが不愉快でさえあるようである。 一方で郡山は一般的な流行には常に目を配らせているし、スキーやスノボ、車といった健全な趣味のなかで日々の生活を送っている。 言ってみれば、郡山と鈴木はいわばサークルの中での極右と極左のような存在ではあったわけである。 どっちが右でどっちが左なのかはともかく。

「郡山さん、わかりました」
「早くあけろ」

待ちくたびれた郡山は苛立ちを隠せない。 村田が番号を合わせると、あっさりと鍵が外れた。まあ当然ではあるが。

「開きました」
「あ、そうだ。結局のところ番号は何だったんだ?」

村田は郡山に番号を教えた。 郡山は村田の持っていたノートとシャーペンを奪い、ちまちま計算をし出した。 そして、ドアに張られていた紙に『前の番号+4339』と書き足した。

「これでみんなわかる」
「あ、あのう、郡山さん」
「ん? 答え間違ってるか?」
「い、いえ、そういうわけじゃないんですが……」
「なんだよ」
「んー、いや、何でもありません」

計算だけなら村田のほうが断然速い。その証拠に郡山の行った計算の答えはすでに村田の頭の中にあった。 しかし……。 もしかしたら、これを見たら前の番号を知らない人でも今の鍵の番号がわかってしまうのではなかろうか。 村田は一瞬そう思ったのだが、このことを郡山に説明するのはいささか面倒なことであった。 さらには、本当にそうなのかどうかも、すぐには判らなかった。

さて、村田の思ったとおり、鍵の番号は第三者に知れてしまうのであろうか? それとも単なる思い過ごしであろうか?


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