「メビウスリンク外伝」

−女神たちの休息−

  

1

     「ポニーテールの優勝カップ」

 

「見えたわナオキ!ストラトスよ!!」

OK!ぶっちぎりだぜ!!」

私はゲトラグ製のシーケンシャル・ミッションを一気に3速まで落とした。

地を蹴る290ps52kg/m

名機4G63エンジンが雄叫びを上げる。

空を切り裂くツイン・リヤスポイラー。

“槍騎兵”、ランサー・エボリューションが追撃モードに入る。

敵は怪物『ランチア・ストラトス』。

世界で最も『横に走るのが得意なマシン』。

そのストラトスをついに射程にとらえたのだ。

 

ここは地球。

今、私はWRC(世界ラリー選手権)、サファリラリーを戦っている。

環境問題で中止されていたWRCが、地球環境の漸進的な向上に伴い実に約600年ぶりに

復活したのだ。

しかも車はレギュレーションで、『内燃機関エンジン搭載車のみ』と規定されている。

更に『サファリラリー』は特別で、『クラシックカー』の忠実なレプリカモデルでのエントリーが義務付けられているという熱の入れようだ。

 

「イージーライト、スポットに気をつけて!」

「ヤー!」

このナビゲーターの能力は抜群だ。

それを予測して今回頼んだのだが、これほどの潜在能力があったとは!

「でもさ〜」

ヘルメットから少し赤毛をのぞかせてナビゲーターが言った。

「『これ』に出場しているのが『上』にばれたら、絶対に軍法会議ものだよね。」

「まあな。」

「よくそんなに落ち着いていられるわね。」

「なに、『上』の連中もたたけば埃の出る奴らばかりだからな。いざって時は『取り引き』するさ。既にその情報は握っているんだ。」

「呆れた。自由都市連邦軍もとんだ作戦司令を持ったものだわ。」

「君だってそんなスリルを味わいたいから『この話』に乗ったんだろう?アッシュ提督。」

「うふふっ…」

ディートは楽しくてしょうがない様子だ。もっともそれは私も同じだが。

「レフト・ブラインドコーナー30R!」

「ヤー!」

ヒール・アンド・トゥを使い6速まで上げていたミッションを2速まで落とす。

ブレーキング!

荷重が前方に移動する。

ステアリングを切り込む。

リヤが流れた。

カウンターステア。

『ランエボ』が横を向いた。

4輪ドリフト!!

AYC(アクティブ・ヨー・コントロールシステム)が右後輪にトルクを移動させる。

クリッピング・ポイントを通過した。

次の瞬間、ビスカスLSD付きセンターデフと、フロント・ヘリカルLSDは前輪にトルクを移動させる。

フルスロットル!

コーナーを脱出した。

7000rpmで変速。

瞬く間にシーケンシャル・ミッションは再び6速まで押し上げられた。

「ちっ!」

私は舌打ちした。少しリヤを流し過ぎたようだ。

「コンマ数秒損したぜ。」

ディートを見ながらそう言う。

「少し離されたわ。あの人もすごいわね。」

「ああ、何と言ってもここまでのポイントリーダー、コリン・マキネンだからな。俺達のようなスポット参戦とは違うプロ中のプロだ。それにこうきついワインティングが続くと、ストラトスが相手じゃちょっとな…」

「な〜に〜?もう降参してるわけフォンケル作戦司令?らしくないな〜。」

(ったく口の減らない奴だ。)

「強敵だって言ってるだけさ。負ける気はないぜ。」

「イージーレフト!」

「ヤー!…少しは人の話を聞け。」

「あたしはナオキの頼み通り仕事してるだけだよ。」

「うぐぅ。」

(…こいつの恋人になる男は大変だな。)

だが…

私は軍規違反を知りながら、ラリー参加を承諾してくれた日の彼女を思い出していた。

 

「え〜?信じらんな〜い!フォンケル作戦司令が『そんな事』をする人だったなんて〜。」

「せっかくの休暇なんだ。楽しまなきゃ損じゃないか?」

「そうですけど…、でも意外〜。」

「何が?」

「フォンケル作戦司令ってもっと真面目な人にしか見えなかったもの。」

「ハハハッ…、それは君の思い込みだよ。私だってまだ若いつもりだからね。『今』じゃなきゃ出来ないことをやりたいだけさ。」

「ふ〜ん。でも20代後半にしてはおやぢ臭かったよね。」

「あのね…、私には自由都市連邦軍の作戦司令としての『立場』ってものがあるの!」

「まあいいわ。面白そうだし。それに『上』を黙らせる手は打ってあるんでしょ?」

「引き受けてくれるのか?やった〜!これで俺の夢がかなうよ〜。」

「もう、子供みたいなんだから〜。でも条件があるからね。」

「(ギクッ!)なっ、何だよ。」

「あたし達『共犯』なんだからプライベートでは上官も部下もなしね。」

「なんだ、そんなことか。今までの会話だってずっとそうだったじゃないか。」

「それと作戦司令のことナオキって呼ばせてもらうわ。」

「かまわないけど…、どうして?」

「………鈍感。」

「えっ?」

 

「………。」

「どうしたの?さっきから黙っちゃって。」

私はディートの声で我に返った。

「ストラトスにはここまでのSS(スペシャル・ステージ)で、2秒の差を付けられているわ。『彼』を抜いて更に2秒以上アドバンテージを稼がなきゃダメってわけね。」

「ああ、これが最終ステージだからな。」

「作戦は?」

「この狭いワインティングロードでは悔しいがストラトスとマキネンの組み合わせは無敵だ。最後の高速コーナーで仕掛けるしかないな。」

「でもそこからゴールまでそんなに距離はないわよ。大丈夫?」

「俺を信じろ!!」

私は真顔で言った。

「それでも負けたら?」

(こ、こいつわ〜。)

男が『このセリフ』を言ったら女は感動するってのは『お約束』だろ〜が。

「まさか今『決めた』つもりじゃないでしょ〜ね?」

「ハッ…ハハハッ、まっ、まっさか〜。負けたときは…。」

「負けたときは?」

「ナビゲーターがアホだったって言うさ。」

「ぶつよ…。」

「…はい。」

私は泣きたくなった。

男のハード・ボイルドが通用した時代はとうの昔に終わったらしい。

特に『こいつ』の前では…。

「ライト・ブラインドコーナー40R!」

「ヤー!」

……………

前方を疾走するランチア・ストラトスが、車体を真横にするほどの4輪ドリフトでタイトコーナーをすり抜ける。

(さすがはラリーで勝利するために設計、開発された究極のマシンだ。)

私は心の中で唸っていた。

とても西暦1970年代に出現したマシンだとは思えない。

いくらターボで強化された分厚いトルクと、コンピューターで姿勢を制御するAYC、そして多くのハイテクデバイスで武装されているとは言え、フロントにエンジンを横置きしたFF(前輪駆動車)の4ドアセダンをベースにした『ランエボ』では、本質的にフロント重量が重く、特にこのようなタイトコーナーが連続する『つづら折り街道』では、重量が極めて軽く前後重量配分が理想的なミッドシップエンジン(後輪の前にエンジンがあるクルマ)のストラトスにはかなわない。しかも空気力学的にも極端に車高の低いストラトスは有利だ。

(悔しいが何とか離されずについていくのが精一杯だな。本当にストラトスを抜けるのだろうか。)

私はディートには絶対に言いたくない事実を認めかけていた。

その時だ。

「ねえナオキ。」

おもむろにディートが口を開いた。

「チーターはなぜ狩が上手なんだと思う?」

「?」

あまりにの唐突な言葉に私は彼女の意図がわからず、ただ黙ってディートの顔を横目で見ていた。

「チーターは陸生動物で最速だけど、そのスピードを維持できるのはほんのわずかな時間だけなの。」

ディートが続ける。

「だからチーターは獲物のテリトリーに慎重に侵入して、我慢して機をうかがい全力疾走で短時間に勝負をつけるのよ。…自然界で生き抜くためにね。」

そう言うとディートは私に向かってウィンクをした。

「ディート、お前…」

そこまで言いかけて私は言葉を止めた。

…ディートにはわかっていたのだ。この状況下でストラトスに勝利する『本当の秘訣』を。

神ではない以上、人間を含めた全ての生物にも、機械にも得手不得手がある。

現状で『ランエボ』がストラトスに勝っているのは、4WD車ならではのコーナー立ち上がりの脱出速度と直線のスピードだけだ。

「それがわかっているのなら今は焦らずに、最後の直線勝負に賭けるために精神を集中させろ。」とディートは暗に私を諭したのだろう。

つまり私の気持ちを安定させてくれたのに他ならない。

(ありがとう。)

私は心でディートに礼を言った。

(だが『この言葉』を口に出すのはトップでゴールした時だ。)

……………

ついに勝負の時はきた。

最終コーナーの脱出。

そこからのフル加速。

「いけー!4G63エンジン! ランサー・エボリューションの全ての力をたたきつけろ!!」

私の叫びに呼応した4G63エンジン、そしてランサー・エボリューションが、3速まで落としたシーケンシャル・ミッションと連動して、爆発的な加速力を発揮した。

前方を疾走するストラトスとの距離が見る見るうちに縮まってくる。

車重の差があり最高出力がほぼ同じスペックとはいえ、ストラトスのフェラーリ・ディーノから移植されたエンジンとは比較にならない大トルクと、トラクション能力を持つランサー・エボリューションは、一気にストラトスの背後にピタリとつけるまでに接近した。

私はF-1マシン等がレース中に行うテクニック、「スリップストリーム」を開始した。

高速で移動する物体の背後には空気力学的な負圧が生じ、真後ろに張り付くほど接近している物体を自分と同じ速度で引っ張る現象が生じる。

その間、背後の物体、つまりこの場合我がランサー・エボリューションは、フルパワーを発生させなくてもストラトスについて行けるのだ。

(今だ!!)

全身の五感で機をうかがっていた私は『ランエボ』に鞭をくれてやり、4G63エンジンの全能力を発揮させて、ストラトスの横に出た。

グオォォォォォォォ!!

ターボシステムを冷却することにより、更にその効率を引き上げる「インタークーラー」。

そのインタークーラーさえも水で冷却させる「最終兵器」、「インタークーラー・スプレー」のスイッチを入れたランサー・エボリューションはついにストラトスの真横に並んだのだ!

「ぶっちぎりだー!!」

私は我を忘れて、まるで10代の少年のように歓喜した。

「やったー!ストラトスをオーバーテイクよ!!」

ディートも感情そのままの反応を見せる。

だが次の瞬間には冷静な、自由都市連邦軍メビウスリンク艦隊群司令官としての、そして私の最高のラリー・ナビゲーターとしてのディート=アッシュの姿がそこにはあった。

「ゴールまで残り2000メートル!あと2秒分引き離さなければならないわ!!」

「ヤー!」

ディートの声で我に帰った私は、残りわずかな距離であと2秒のストラトスとの総合タイム差を逆転するべく、最後の力を『ランエボ』に求めた。

インタークーラー・スプレーのスイッチはもはや入れっぱなし。

これが最後の、最後の力走なのだ!

「ゴールまで残り900メートル!ストラトスとのタイム差はあと1秒!!」

心なしか普段は陽気なディートの声が悲痛なものに聞こえる。

「負けてたまるか!!」

既にストラトスをオーバーテイクした我々の敵は、自分たち自身のタイムの限界との闘いへと変貌していた。

まさに火の玉のように爆走する真紅にペインティングされたランサー・エボリューション!

「残り300メートル!ストラトスとのタイム差はゼロよ!!」

ディートの言葉に私の闘志は最高潮を迎えた!

「いけー!ランサー・エボリューション!!いけー!『俺達』の夢ー!!」

私とディート、そして『ランエボ』は今や一つの生命体と化していた。

ゴールは目と鼻の先だ。

あと少し、あと少しで『俺達』に栄光がもたらされるのだ。

「いくんだー!ランエボ―!!『俺達』の力を見せてやるんだー!!」

私は『魂からの叫び』を振り絞った。

「あと110メート…あっ!!」

ディートが恐らく最後のインフォメーションを伝えようとしたその時……

ドオオオオオン!!!

突然視界が一面真っ白の世界に包まれた。

(なっ!何が起こったんだ?!)

ボンネットから、白とも灰色ともつかない色の煙が噴出している。

シュオォォォォォォォ……

「……そんな……ここまで来てエンジンが焼きつくなんて……」

放心状態で私は夢でも見ているかのようにうつろな目でそうつぶやいた。

「……………。」

ディートは何も言わずにただゴール地点を見ている。

力なく惰性で走る我々の横をストラトスがすり抜けて行った。

大観衆からの空も破れんばかりの大歓声で迎えられるストラトス。

そして、惜しみない拍手で迎えられる我らがランサー・エボリューション。

惰性で第2位でゴール地点に到着した私は、しばらくディートの顔を見ることが出来なかった。

軍規違反を知りながらも、私の少年時代からの夢を果たしてくれるために、共にWRCに参加してくれた彼女に合わせる顔が無かったのだ。

「……………。」

しばらく無言でいると…

ポンッ

私は肩を叩かれた。

横を見ると既にヘルメットを脱ぎ、ポニーテールに束ねた赤髪にキャップをかぶり直しているディートが笑顔を見せている。

「ほら〜早く表彰台に行かなきゃ。」

ディートが続ける。

「ナオキもあたしも、そして『ランエボ』も最善を尽くして、やるだけのことはやったんじゃない。」

そう言うと彼女は私の背中を押すように、表彰台へと向かわせる。

……………

「あたしね、とてもうれしかったの。」

式典が終わった後に並んで歩いていると、おもむろにディートが話し掛けてきた。

「だっていつも冷静沈着に戦略を練り、的確な指示を出すナオキ=S=フォンケル作戦司令が、初めて『人間らしい感情』を見せてくれたんだもん。今まで『雲の上の存在』のように思っていたあなたがとても身近に思えるようになったわ。」

少しの沈黙の後、私は彼女の顔を見ながら答えた。

「たとえ軍人だろうと、大統領だろうと『人間』であることに変わりは無いさ。喜怒哀楽の無い者はその時点である意味『人間』ではないと俺は思っている。」

私は続けた。

「だからシリウス帝国軍との戦闘も、ただ命令を与えるだけ、ただミサイルやレーザーのスイッチをONにさせるだけではいけないんだと考えている。誰もが家族や恋人のいる感情のある『人間』なのだから。」

およそ軍人とは思えない美麗字句とも受け取れる私の言葉に、ディートは素直に反応してくれた。

「そうね、みんな『神』なんかにはなれない、『絶対の答え』なんか持っていない人間なんだもんね。もっともっと、お互いを深く知って理解し合う努力が必要よね。」

そう言うとディートは私の方に向き直った。

「あたしもナオキのこと、もっともっとよく知りたいな〜。」

「…一生後悔するかもしれないぜ。」

「平気よ、ナオキに天国に行っても面倒見てもらうもん。」

「フフフッ…、なあディート。」

「えっ、な〜に?」

「…ありがとう。」

あえて『この言葉』を使った私にディートは、満面の笑みで腕を抱きしめることで答え応じてくれた。

……………

今回のWRCでは残念ながら優勝カップを手に入れることは出来なかった。

だがそれ以上の幸せな関係と未来が私とディートとの間に芽生えていた。

銀河の戦場を駆け抜ける『戦いの女神』との恋。

それは戦場である銀河以上に大きく、深いものになるのかも知れない。

 

 

                    FIN

 

 

作者コメント

 

初めまして、この小説(もどき)の執筆者、ゲゲボ星人と申します。

この砂川有希様のInfinity Linkとも相互リンクを張らせていただいております、

North Evolutionの管理者でもあります。  http://www2.odn.ne.jp/~cbd84530/

メビウスリンクの小説を執筆したのは久しぶりでしたが、正直言いまして今までで1番楽しく書くことが出来ました。なんと申しましても完全に自分の趣味の世界でしたから。

今回はあえてメビウスリンクの世界観はあまり表に出さない作品としましたが、読者の方々には「こんなのはメビウスリンクのイメージを壊す駄作だ。」と思われる方がいらっしゃるかも知れません。もちろんそれはそれで正当な意見であると考えます。

ですがだからこそ戦場とは違う、日常のメビウスリンク艦隊群司令官達の姿を描いてみたかったのです。

そして究極の開き直り(笑)、「世の中に1つくらい、このようなメビウスリンク小説があってもいいではありませんか?」でもこれは表題にあるとおり「第1話」なんですよね(^^;;

まだまだヒヨッコですが今後とも応援をどうぞ宜しくお願い致します。   ゲゲボ星人より。

ゲゲボ星人様のHPは私のLINKコ−ナ−よりも行けます。砂川有希